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鹿児島地方裁判所 昭和50年(行ウ)1号 判決 1977年1月31日

原告 大山光二

被告 鹿児島県知事

主文

原告の本件訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

軽車両等運送事業に関し、原告が昭和四九年一一月二二日届出た事業計画変更(代替)届に対し、被告が同日付でなした不受理処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和四七年一二月被告に営業開始届を提出して受理され、以来道路運送法(以下「法」という。)二条五項の軽車両等運送事業(軽自動車を使用して貨物を運送する事業)を営んできた者である。

2  原告は昭和四九年一一月二二日、それまで右運送事業に使用してきた軽自動車一台(車両番号六六鹿れ五〇一六、型式L五〇V、車種軽四貨、最大積載量三五〇キログラム)が老朽化し故障が多くなつてきたので、新車(車名三菱、型式LT三〇V、車種軽四貨、最大積載量三〇〇キログラム)と代替するため道路運送法施行規則(以下「施行規則」という。)五七条二項に基づき、事業計画変更(代替)届を被告(被告の事務担当者である鹿児島県陸運事務所大島出張所長)に提出したが、同日その受理を拒否された。

3  しかし、法の一部改正(昭和四六年六月一日公布、同年一二月一日施行)以来、軽自動車による貨物運送事業の開始、その事業計画の変更は届出制が採られており、これを不受理とする法的根拠はないから、被告が原告の前記事業計画変更(代替)届を受理しなかつたのは、違法、不当であり、右不受理処分は取消されるべきである。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、昭和四九年一一月二二日原告が施行規則五七条二項に基づく事業計画変更届を被告に提出し、被告が右届出を受理しなかつたことは認めるが、その余の事実は不知。

3  同3のうち昭和四八年三月二六日以降において、届出制が採られていることは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  道路運送事業は、古くから行政による規制を比較的強く受けてきた。これは、いうまでもなく道路運送事業のあり方が国民の活動・生活に広範な影響を与えることによる。現行の道路運送法も道路運送事業に対する各種の規制手段を設けている。免許(法四条)、許可(法四五条)、届出(法四五条の二)等の手段の違いに応じて規制の程度に差はあるが、全ての種類の道路運送事業が何らかの規制の枠内におかれており、その経営を全く業界の自由競争に任せているというものはない。

軽自動車を使用して貨物を運送する事業(以下「軽貨物運送事業」という。)は、従前は自動車運送事業として免許制による規制の対象となつていたが、昭和四六年の許認可等の整理に関する法律の施行に伴う法改正によつて自動車運送事業から除かれて(法二条二項括弧書き)、軽車両等運送事業として分類された(法二条五項)。そして、一定の書類を都道府県知事に提出すれば事業を経営することができるようになつた。この法改正は、軽貨物運送事業は、輸送力としては微々たるものであつて、いわゆるトラツク事業とは異なる輸送分野を形成しており、公共輸送力の確保、調整という見地からの免許制をそれにつき維持することは必ずしも実態にそぐわなくなつたため、その規制を緩和したものである。しかし、右法改正の後も軽貨物運送事業が全く法の規制を受けなくなつたわけではなく、軽車両等運送事業として必要最小限度の規制は依然受けなければならない。すなわち、施行規則五七条に基づき事業開始あるいは事業内容の変更に当たつて一定の書類の提出を要すること自体一つの規制であるし、法三〇条の「輸送の安全等」の規定、法三二条の「公衆の利便を阻害する行為の禁止」の規定およびこれらに基づく自動車運送事業等運輸規則の関係規定(同規則四九条参照)による規制は他の類型の道路運送事業と同様に受けることになつている。また、所管行政庁が必要と認めた場合は、法一二六条に基づき事業等に関し報告をし、検査および調査を受けなければならない(なお、自動車運送事業等報告規則四条参照)。更に、安全運転管理及び整備管理の面からは、道路交通法、道路運送車両法等の関係規定により一定の規制を受けることもある(道路交通法七四条の二、同法施行規則九条の四、道路運送車両法五〇条)。また、一般乗用旅客自動車運送事業(同法三条二項三号)にあたるいわゆるタクシー営業については、厳格な条件のもとに免許制度を採用し、輸送の安全、旅客の利便等の確保のため事業者に対し種々の規制を行ない、自動車運転手の資格、使用車両の保安基準等についても厳しい要件を定めている。

2  施行規則五七条が軽車両等運送事業の事業開始および事業内容の変更に当たつて一定の書類を提出させることとした趣旨は次のようなものである。すなわち、所管行政庁がこれらの書類の提出によつて各事業者ごとに事業開始の事実を覚知した上、各軽車両等運送事業の実態、ひいてはその業界全体の実態を把握し、これらに関する資料を備えておくことができる。そして、それによつて前記の各種規制を遵守した適正な運送がなされ得るか否か、特に、輸送の安全の確保等に関する事項および公衆の利便を阻害する行為の禁止が遵守し得るか否かを審査し、適正を欠くと認められるものについては事業開始あるいは事業内容の変更前にその事業内容の是正方を指導して事業の適正を図らせることができるし、更に、事業開始後においても、右の書類・資料を備えておくことによつて法の規定あるいは趣旨に反する事態が生じた場合それを容易に覚知し、適切な是正措置を速やかにとることができるのである。施行規則五七条一項が書類提出の時期を事業開始の日の三〇日前までと定めているのも、その間に当該事業が適正に行われるか否かを審査し、必要な指導をするのに必要な程度の期間的余裕をおいた趣旨である。

このように、施行規則五七条の書類の「提出」は、事業開始あるいは事業内容の変更を所管行政庁に「届け出る」という意味合いを有しているのである。したがつて、いかなる書類であつても提出されさえすればこれを受理しなければならないというわけではない。形式上の不備が存する場合はもちろん、記載内容から明らかに法一条を初め法の各規定およびそれらの趣旨に反する事業が経営されると認められる場合は、書類を受理しないこともできると解される。そう解しなければ、前述した施行規則五七条を設けた趣旨が全く没却されることになる。例えば、記載内容からみて、貨物事故に対する賠償能力を全く備えていない場合、事業の用に供する軽自動車の構造が貨物運送に適しない場合、設定しようとする運賃および料金が荷主たる公衆に対して不当な運送条件になるようなものである場合等適正を欠く事業が経営されると認められる場合は、その者が是正方の指導に応じなければ、書類を受理しないことができるものと解される。そして、経営される事業が適正であるか否かは、基本的には、書類の記載内容に照らして判断されるが、その記載内容が当該地域の特殊事情のために特別の意味合いを持つときは、当然その特殊事情を前提として解釈されなければならない。

3  原告が提出した本件書類によると、原告が事業の用に供する軽自動車は、いわゆるバン型のものであつて、乗員が二名の場合は最大積載量三〇〇キログラム、四名の場合は最大積載量二〇〇キログラムという型のものである。このことが実際に何を意味するかは、奄美大島における運送に関する極めて特殊な事情を知らなければ十分理解できない。

ところで、奄美大島においては、軽貨物運送事業が免許制による規制の対象から除かれ、軽車両等運送事業として取り扱われるようになつた後、昭和四八年初めころから、軽貨物運送事業者が急増し、その多くが少量の貨物と共に荷主を目的地まで運送するという実質的な旅客運送を行うようになつた。これが住民の間でいわゆるタクシー代りに利用されるようになつた。右のような事態はタクシー営業に関して設けられている前記のような厳格な規制を潜脱するものであり、タクシー業界を圧迫し、旅客の安全を損ない、ひいては道路運送に関する秩序自体を著しく乱すようになつた。右のような実質的タクシー行為が奄美大島の軽貨物運送事業界全体に浸透していることは、近時奄美大島において軽車両等運送事業に供されているバン型軽自動車が異様に急増したことから容易に推測される。いわゆる鹿児島県本土およびその他の九州各県においては、昭和五〇年三月三一日現在、軽車両等運送事業者数は、二〇〇名を超える長崎県を除けばせいぜい数十名程度までであり、そして事業に供される軽自動車は多くの県においてバン型のものはほとんどなく、バン型のものの占める割合が他県に比べて桁違いに多い福岡県においてもその割合はトラツク型のもののせいぜい半分にすぎない。これに対して、奄美大島のみにおいて、実に二二〇もの軽車両等運送事業者が二三二台の軽自動車を使用しており、このうちバン型のものはなんと二〇七台、すなわち約九割にも上るのである。

しかも、昭和四八年三月三一日当時と比較すると、トラツク型のものは二一台が二五台になつただけでほとんど増えていないのに対し、バン型のものは一〇六台から二〇七台といわば倍増している。これらの数字が物語つている事実は説明するまでもないであろう。他の地域に比べて奄美大島において貨物輸送の需要が特に多いことを示す状況は認められない。そして、本来バン型軽自動車よりはトラツク型軽自動車のほうが貨物運送用としては構造上はるかに便利であり、降雨の際の不都合もカバーをかけることによつて十分避けられるのであるから、一般に軽貨物運送事業に供されている軽自動車はトラツク型のものがはるかに多いのである。したがつて、奄美大島の軽貨物運送事業に供されているバン型軽自動車の異様な多さは、その大部分が旅客運送の需要に応えていることを示すと考えなければ説明がつかない。

奄美大島の軽貨物運送事業界が右のような実質的な旅客運送を行つていることを自ら正当化する論理は、運送の対象はあくまでも貨物であつて旅客はそれに随伴して乗車させているにすぎない、というものであろう。これを端的に言えば、貨物が存在しさえすれば、それとともに旅客を運送するのは違法ではないというに尽きる。この考えが全く詭弁であつて道路運送法の法体系においては到底受け入れ難いものであることは多言を要しない。貨物が存在するしないにかかわらず旅客を運送すればそれ自体軽貨物運送事業としては許されない違法な行為であることは明らかである。荷主の同乗が許されるのは、貨物が特殊なものであるため荷主自らがその看守、積みおろしを行う、あるいは手伝う必要がある場合、目的地が地理的に極めて特殊な場所にあるため荷主の道案内が必要である場合等特段のやむを得ない事情がある場合に限られるのは当然である。

ところが、原告を含む奄美大島の軽貨物運送事業界は四名定員の確保に極めて固執しているのであるが、この一事をとつてみても、原告らが貨物運送の機会に旅客も運送するという態様の運送事業を経営することを意図していることは明らかである。しかも、原告が奄美大島軽自動車運送協同組合の理事長であつて右組合の構成員全体を代弁する立場において本件訴訟を提起していることは明らかである。従つて、原告が奄美大島の他の同業者と異なつた態様の軽貨物運送事業を経営しようとしているのではなく、前述のような貨物に随伴して旅客を運送する態様の事業形態を考えていることは容易に推測される。このような態様の道路運送事業が軽貨物運送事業としては違法であることは前述のとおりである。

4  以上のような奄美大島における軽貨物運送事業の特殊な事情に照らして原告の提出した本件書類の前記記載内容をみると、原告が法に違反する、あるいはその趣旨に反する道路運送事業を経営しようとしていることが明白に把握し得るのである。

そこで、陸運行政の任に当たる被告は、かかる違法行為の防止のため、行政上の方策を講ずる必要に迫られ、昭和四八年三月一日鹿児島県陸運事務所長名で「軽車両等運送事業に供する軽貨物自動車は、乗車定員二名以下のものに限る。」旨の公示をし、さらに昭和四九年五月一日付で「ライトバン型、ジープ型の軽自動車による軽車両等運送事業の新規の届出は同年五月六日以降、既存業者の車両代替の届出については同年六月一日以降受理しない。」旨の公示をし、行政指導を行なうことになつたものである。前記のような違法状態の是正のため、軽貨物運送事業に使用する車種を一部制限することは、所管行政機関として、当然許された裁量行為であり、被告が右公示の趣旨に反する原告の届出を受理しなかつたのは、何ら違法でなく、従つて原告の本訴請求は理由がない。

四  被告の主張に対する答弁

被告の主張する各公示がなされた事実は認めるが、その余の事実は争う。また右公示は法規に基づかないものであり、そのような公示により直接国民の権利を制限することは許されない。また被告の主張するような違法状態が存するとしても、個々の悪質業者に対し、罰則その他の制裁を科せば足りるのであつて、一般的に国民の権利を制限することは許されないものである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  原告は昭和四七年一二月より法二条五項の軽貨物運送事業を営んできた者であること、原告は昭和四九年一一月二二日、施行規則五七条二項に基づき、右事業の事業計画変更(代替)届を被告に提出したこと、被告はそれに先立ち同年五月一日付で「ライトバン型、ジープ型の軽自動車による軽車両等運送事業の新規の届出は同年五月六日以降、既存業者の車両代替の届出は同年六月一日以降受理しない。」旨の公示をしていたこと、そして被告は右公示の趣旨に反するとして、原告の右届出の受理を即日拒否したことは当事者間に争いがない。

二  そこで先づ、原告の右届出を受理しなかつた被告の行為(拒否処分)が抗告訴訟(処分の取消しの訴)の対象たる行政処分に該当するか否かについて検討する。

1  軽貨物運送事業は、かつて一般小型貨物自動車運送事業としてその事業の開始には運輸大臣の免許を、また事業計画の変更については両大臣の認可を受けなければならないこととされていたが、昭和四六年六月一日公布(同年一二月一日施行)された許可、認可等の整理に関する法律(昭和四六年法律第九六号)二四条によつて道路運送法の一部が改正された結果、軽車両等運送事業とされ、右改正前の軽車両運送事業と同一の取扱いを受けることとなり、従つて事業の開始および事業計画の変更について、免許も認可あるいは届出をも要しないこととなつた(法二条五項、六章)。

2  ところが、施行規則(昭和二八年運輸省令第七五号)は、昭和四八年三月二六日運輸省令第八号による一部改正で五七条を追加し、同条は軽貨物運送事業を経営しようとする者は、当該事業の開始の日の三〇日前までに事業計画等を記載した書類を、その者の主たる事務所の位置を管轄する都道府県知事に提出しなければならないとし、事業計画の変更についても同様とする旨定めている。

3  右施行規則は、道路運送法および同法施行法に基づき、ならびにこれらの法律を実施するため制定されたものである(施行規則前文)が、先に述べたように法はこの届出に関して何らの規定もおかず、同法施行法も同様である(因みに、軽車両等運送事業には法三〇条が準用され(法九八条)、同条によれば輸送の安全等の確保のために軽車両等運送事業者が遵守すべき事項は、運輸省令で定めることとされているが、この省令として自動車運送事業等運輸規則(昭和三一年運輸省令第四四号)が定められている。)。従つて、施行規則五七条の趣旨を、同条の規定する書類を提出しなければ、軽貨物運送事業を経営し得ず、また事業計画の変更もできないものと解することはできない。けだし、そのように解するならば、右規定は法律上の根拠なくして新たに国民に義務を課するものとして違法と言わねばならない。そうすると右規定は、単に一つの行政指導として、国民にその届出を促すことを明文をもつて定めたにすぎないものと解すべく、この届出(書類の提出)がなくても、道路運送法による軽貨物運送事業を営むことができると解すべきである。なお、貨物の運送に係る軽車両等運送事業については、都道府県知事は、前記自動車運送事業等運輸規則で定めている事項を遵守していないため輸送の安全が確保されていないと認めるときは、当該業者に対し、施設または運行の管理の方法の改善その他その是正のために必要な措置を講ずべきことを命ずることができるものとされている(法九八条、三〇条二項、一二二条三号、同法施行令六条の二、地方自治法一四八条二項、別表第三(百二)参照)。知事が右の改善命令等を有効適切になすためには、その実態の把握が前提となるものであるから、施行規則五七条もその必要上定められたものと考えられる。しかし実態の把握は届出制を採らねば不可能とは言い難く、右改善命令等の権限が知事にあることをもつて、直ちに届出を義務づける根拠となし得るものではない。

4  ところで、実際に軽自動車を運行の用に供するためには、当該軽自動車について自動車検査証(以下「車検証」という。)の交付を受けなければならず(道路運送車両法五八条、一〇八条一号)、また、車両番号の指定を受け、これを表示しなければならない(同法六〇条、七三条、一〇九条一項一号)し、車検証には事業用、自家用の別が記載され(同法施行規則三五条の三第一三号)、車両番号および車両番号標も、事業用、自家用の別が表示されるようになつている(同施行規則三六条の二第三号、四五条一項)。そして自家用自動車を有償運送の用に供することは禁止されている(法一〇一条、一二八条の三第二号)から、結局、軽貨物運送事業を行なおうとする者は、当該軽自動車について事業用の車検証の交付を受ける必要があることとなる。この車検証は新規検査の結果、保安基準に適合していれば、運輸大臣がその使用者に交付するものであつて(道路運送車両法六〇条)、この新規検査の申請は、軽自動車にあつては事業用、自家用の区別なく、当該軽自動車の使用者であること等を証する書面を提出しさえすればよいことになつており(同法施行規則三六条一項、四項)、軽自動車について事業用の車検証を得るために、事業開始についての届出がなければならないという法令上の根拠はない(一般の自動車運送事業の用に供する自動車については、免許を得たこと等を証する書面を提出することになつている(同法施行規則三六条二項)のに、軽自動車については、かかる規定はない。)。

5  以上検討してきたところによれば、軽貨物運送事業については、その営業の開始および事業計画の変更についても、また、車検証の申請についても、法律上、免許、認可、届出などは何ら必要としないのであり、施行規則五七条による届出も、何らの法律的効果を伴うものではなく、従つて、この届出を受理されなくても、右事業を営み得るのであつて、原告の本件届出を被告が受理しなかつたことによつて、届出者である原告の権利、地位に何らの影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。そうすると、本件届出の不受理処分は抗告訴訟の対象たる行政処分に該らないと言わねばならない。

三  よつて、本件訴は取消しの対象とならない被告の不受理処分の違法を理由として、その取消を求めるのであるから、原被告双方のその余の主張について判断するまでもなく、不適法として却下を免れず、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大西浅雄 井垣敏生 成毛憲男)

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